
数学で当たり前のようにタブーとされる「0で割る」こと。これがどういう意味なのか、なんでダメなのか。考えてみる。
極限の概念から
極限の式ではこんなものが出てくる。
これはイメージ的にはこんなかんじでみんな扱っているはず。
そう。「0で割る」ことはイメージ的には、無限大になることだ。
⬇︎この調子で行くなら...
になりそうだな。
ただ、あくまでこれは分母を0に近づけると、分数全体は無限大に近づくというだけで、実際に0で割っているわけではない。
無限大という概念
仮に が成り立つとしても、そもそも「無限大
」という数が存在するわけではない。
あくまで無限大 とは「発散する(=収束せずいつまでも増え続ける)」という概念だ。だから普段無限大
を扱うときは直接式に組み込まず、極限
を使って間接的に扱う。
なのでやはり のイメージでは、
という数の存在は示せない。
「1÷0」は成り立たない
そもそも が成り立つとすると、数学的な矛盾が生まれる。
仮に が成り立つとすると
となり、0を掛けているのに0にならないという事態になる。
「0÷0」は成り立つか
が成り立たないなら、
はどうだろう。
「0÷0=1」と定義したら?
分母と分子が同じなら1というのはなんとなく納得感がある。
しかしこれはうまくいかない。 とすると、
そもそも定義からして破綻している。
「数に0をかけたら0」のはずだが、 は分子に0がある、つまり0をかけているのだから0以外になるのはおかしい。
「0÷0=0」と定義したら?
それなら なら成り立つ?
、つまり分母に0をいれられるとすると
となり成り立たない。
指数の方面からもいえる。
が成り立つとすると
「0÷0」は成り立たない
も
も成り立たないので、
は成り立たない。
結論:0では割れない
も
も成り立たないので、分母に0を持ってくることはできないといえる。
...どうですか?